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おわりに

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 戦争は武力を使うものだけではない。武器・弾薬を使うのは戦争の一形態に過ぎず、今回取り上げた「宣伝政策」にこそ、行為者の意図、思惑があらわれるという良い事例であろう。

 日本の占領期というのはポツダム宣言受諾による、交戦国のいわば条件付休戦だったのだが、実際には、「間接統治」のもと、日本は「無条件降伏」したのだという1945年9月6日のトルーマン指令(24)を基にして、占領軍万能とも言える状態に置かれていた。

 「無条件降伏」とはつまり、戦勝国が敗戦国に対してどんなことをしてもいい、ということで、アメリカ首脳部が「無条件降伏」にこだわったのも、日本を徹底的に「再教育」すれば、今後も「世界平和」を保てるという考え方が根本にあったようだ。

 日本は、1945年9月2日に米艦ミズーリ号上で連合国との間で「降伏文書」の調印を行ったが、この文書はポツダム宣言の内容を条約化して、日本の条件付終戦を正式に実現したもので、法的には「休戦協定」の性質を持つ。

 連合国占領軍は、日本が戦争終結の条件として受諾した事柄(ポツダム宣言六項〜十三項)を、日本に履行させるために、占領行政を実施するが、サンフランシスコ対連合国平和条約が発効する1952年4月28日までは、国際法的には日本と連合国の間に「戦争状態」が継続していた。

 戦闘期間が終わっても軍事占領期間中は「戦争」は継続されていたと見るのが正しく、事実、連合国側は平和条約発効の時まで、戦争行為として軍事占領を行うという意識を堅持して、日本の「再教育」に力を注いだ。

 当時の日本人は、戦争に負けた虚脱感や肉親を失った悲しみ、恨みを、米国や占領軍ではなく、自国の軍部や政府に向けた。この時代に、それが占領軍の宣伝政策のためであったことを知ることは難しかったし、もし仮に気付いた者がいたとしてもそれを表明することは不可能な状況であった。


ハンチントン『分断されるアメリカ』で示されるアメリカ像

 この中でハンチントンは、アメリカは民主主義を世界に広める「明白な使命」を持っていると考えるネオコンのやり方や、アメリカ的な競争経済を他国に押し付けようというするグローバル路線には批判的である。グローバル化の時代というのは、どこの国でも自分たちのアイデンティティを再定義しようとする動きが出てくる。歴史の見直しが、日本でも欧米その他の国でも起こっていて、歴史の確認を通じて国家の今後を見定めようとしている。

 「歴史とは何か」。ハンチントンは「文明の衝突」の段階では、アングロ・プロテスタントの文化がアメリカの歴史であって、結局はヨーロッパ出自の普遍的理念を核にして、それを前面に押し出すしかなかった。「分断されるアメリカ」においては違う角度からアメリカのアイデンティティを問い直そうと切り込み、その答えを歴史性に見出した。

 建国して300年に満たないアメリカにとって、長い歴史と文化を持つ日本を占領して支配しようとする時、「自由と民主主義こそが西洋の出自であり、アメリカがそれを受け継いでいる。我々はそれを世界化する使命を負っている。」という政治的信念を第一に掲げるしかなかった。ヨーロッパの進歩主義には「西洋的な理念は普遍的だ」というところがあるが、ハンチントンは理念は普遍化などできないと、非常に抵抗感を覚えている。ハンチントンからすれば「普遍的な自由民主主義」なんて自己欺瞞ということになる。

 占領軍の政策を2分した保守とリベラル勢力も、ハチントンが言うような歴史を切り離してしまっている点では同じだと言える。 仮に日本やヨーロッパの国が国家として何らかの理念を言うとしたら、それは、それぞれの具体的な歴史とか国柄の中から滲み出てくるものになる。それに対して、アメリカは理念や信条によって構成された国だといわれる。ハチントンはそれを乗り越えるべく、多文化主義やネオコンとは袂を分かつかたちで、歴史性とその文化のなかにある信仰を掲げた。


 本論では、他国の占領状況との比較が出来なかった。イタリア、ドイツ、朝鮮、フィリピンなどアメリカが占領統治を担った国々と日本との差異あるいは共通点を探っていくことで、また我が国のアジアへの占領状況も見ていくならば、より鮮明に日本占領の姿を描けたかもしれない。今後の課題としたい。


(24)トルーマン指令、1946年9月6日「天皇および日本政府の国家統治の権限は連合国軍最高司令官としての貴官に従属する」「日本と我々との関係は契約的基礎の上にでなく、無条件降伏の上に立脚する」との指令を発した。


参考文献、関連書籍

書籍

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江藤淳『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』「文春文庫」1994/1/10
江藤淳『忘れたことと忘れさせられたこと』「文春文庫」(1996/1/10)
川上和久『情報操作のトリック その歴史と方法』講談社現代新書、1994
カール・ヨネダ『アメリカ一情報兵士の日記』PMC出版、1989年
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袖井林二郎『拝啓マッカーサー元帥様ー占領下日本人の手紙』(中央文庫、1991)
竹前栄治『占領戦後史』「同時代社」(1992/8/20)
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山本武利『占領期メディア分析』「法政大学出版局」1996/3
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思想の科学研究会編『共同研究ー日本占領』「徳間康快」(1972)
坂本義和、R・Eウォード編「日本占領の研究」
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オリヴァートムソン(訳山縣宏光、馬場彰)「扇動の研究 歴史を変えた世論操作」TBSブリタニカ、1983
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雑誌

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山本武利『エコノミスト・リポート 占領期秘話 GHQ検閲雑誌15万冊が物語る 著名作家らの意外な占領期思想史(「エコノミスト」80(4)(通号3544、2002.1.29)
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