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乞食史

乞食

世界的な金融危機の影響で、この日本でも乞食は増加傾向にあるらしい。乞食や浮浪者という言葉は差別用語だということで、路上生活者、ホームレスなどと呼ばなくてはいけないそうだが。
乞食とは、銭や物品を人に乞うて生活する者、もらい人のことだが、もとはそのほかに宗教的信仰に由来し、「門付(かど)芸」をしたり、寿詞(ほぎごと)を唱えて家々を訪れる「ほかいびと」の系列や仏教の乞食の思想に発する乞食がこれに属す。

こうした乞食の風習は共飲共食によって人々の結合を強め、心身をすこやかに保ちうるとする民間生活意識に基づくものと説明されている。

農山漁村に一人もしくは二三人組になって訪れるが、神楽や芝居などもっと多い場合もある。
中世に起源を持つもの、近年のもの、出稼ぎもあれば特殊職農民がその工作物の材料や需要を求めて旅渡りをしてきたものもある。

近代以前には一般人が旅する機会は少なく、旅宿の設備の整う場所も少なかったため、集団の場合、小屋掛けしたり仏寺を借りたりしたが、多くの場合村人の好意で民家に宿泊したようだ。

山伏、猿回しにしろ、自分の縄張りが決まっており、受け入れる村の側でも互いに顔馴染みになって、信仰的な者には信心ある者が宿を貸し、芸能的な者は愛好者が引きとめるという風に、外来の低い階層の者に対してはたいていの場合寛大だった。

しかし、それらの人々が土着するとなると、人々の態度は一変した。
有力者を頼って、仮親となってもらったり、土地の女と結婚して居つくものもいたが、そうした人々は低い地位に甘んじなければならなかった。

畏怖され卑賤視される種類の乞食は、奇住しても特殊部落化することが多かったようだ。中には集団土着して「木地屋部落」や「巫女村」をつくったり、宗教的、芸能的遊行人は、その末流ではこじきやねだり人となって芸能性・宗教性を失っていく場合が多かった。

彼ら遊行的宗教者、芸能者が、農民の信仰や伝説・昔話に関与し、新たな知識を与え、不明を解説し、文化の形成に寄与する役目を果たしたのだと考えられる。信仰や伝説の全国的な類型性の根に彼らの流布・伝播の跡を多く見出せるからだ。

特定の祭の日に、神に扮し、家々を訪れて寿詞を述べ、食物をもてなされる風習は、今も各地に残っており、「ほかいびと」系列の物乞いのあとをとどめている。

すでに万葉集巻十六に「ほかいびと」の歌があり、彼らは古代においては地方を巡遊する宗教団体をなし、異風の信仰と芸能を持って浮浪する「うかれびと」の団体と同化していたらしい。

平安末には、社寺、貴族勢力が衰えた結果、在来の芸能と信仰をつたえる社寺の隷属民が「山伏」「唱門師」として浮浪の群れに加わり、さらに「陰陽師」や行基門徒の乞食、豪族の子弟で土地の無いものが混同して巡遊者が増大している。

彼らは山奥に根拠地を置き、平素は宗教・芸能にしたがって物乞いをし、時に乱暴をはたらいた。
このような宗教的、盗賊的、芸能的、乞食的要素の混在する浮浪集団の活動が著しくなるのが、鎌倉中期からで、戦国から江戸初期にかけしだいに分化していく。

ある者は武士、ある者は山伏、虚無僧などの宗教組織、ある者はごろつきとして「人入れ家業」「侠客」「バクチ打ち」となり、他のものは「門付芸人」になった。
彼らの多くは賤民視され乞食扱いを受けたが、これらの職業化した「ほかいびと」も本来のほかいびとと本質的な違いはなく、神の「ほぎごと」を伝えるのが主意であったはずである。

仏教起源の乞食も、中世以後、しばしば俗神道系列の「ほかいびと」と混同されたが発生は違う。
仏教徒の乞食は、本来布施の四分の一を自分が食べ、他は困窮者や鬼神にわかつことを定めた制度に由来する。 したがって托鉢は修行の手段で、貧しさのためではない。

中世初期の巡遊修道僧たる「聖」の活動が代表的だが、近世においては、たんなる物乞いの「勧進聖」「馬聖(虚無僧)」「回国聖(六十六部)」「高野聖(行商人)」などは、農民から区別され賤民視されたようだ。

村々の年中行事、農・漁・狩・林・鉱の原始産業における生産儀礼、商工諸職の職祖神信仰、夢占い、相齢、相性、方角、手相、人相などの俗信は、禁忌・予兆の観念をともなって広く分布している。

俗信にはこのほか、民間療法としての種々のまじないや唱えごと、共同幻覚に基づく幽霊・妖怪・狐狸・河童などがあり、生活環境に孤独と神秘性を伴う田舎、山奥の村であるほどその種の傾向が強く出ている。

彼ら乞食は、純粋な神道・仏教とも直接の教理関係を持たないが、まったく別個の存在とも言えないだろう。一般にこうした民間信仰は、上から下への垂教であるより、下から上への希求の性格で、自然的・呪術的宗教としての無限の過去に遡り得るからだ。


参考文献、関連書籍
加藤ケイ『埒外の人びと―漂泊する謎の集団』東洋書院、1992/02
宮下慶正『信濃の木地師』ぎょうせい、1987/01
柳田国男、小松和彦編『怪異の民俗学〈7〉異人・生贄』河出書房新社、001/05
川瀬孝二『祭りの商人「香具師」』日本経済新聞社、1987/11
園田学園女子大学歴史民俗学会 『漂泊の芸能者』岩田書院、2006/10
川元祥一『旅芸人のフォークロア―門付芸「春駒」に日本文化の体系を読みとる』農山漁村文化協会、1998/03
桜井徳太郎『民間信仰と現代社会―人間と呪術』(日本人の行動と思想9)評論社、1971

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